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18年ぶり!綾戸智恵×山下洋輔

by 綾戸智恵

いよいよや。今夜ブルーノート、ゲスト山下洋輔。最初2曲はギターの天野さんとDuo、曲はBut Not for Me、What are You Doing Rest of Life。そして出会いの2004年すみだトリフォニーでのLIVE映像がスクリーンに流れ、止まったところで山下さん登場!いきなりオレオ!!・・・・のはずだったんですが、突然私は1曲目をBut Not~ではなくOn Green Dolphin Streetに変え、映像が流れている間に山下さんを呼び入れステージ上で2人寄り添いながら映像を見た。

Photo by Yuka Yamaji

「俺かよ、若いなぁ」

そこでもう感極まってしまっていた。泣かないよう「まだ髪ある、黒い」とお客さんに聞こえる声でトークした。それから私のカウントでオレオがやっと始まった。客席から割れんばかりの拍手。Somebody Loves Me、My Foolish Hartと続く。20年以上前に、突然のジャズ・シンガー デビュー。何せ普通の主婦だったのに、あれよあれよと言う間に私はオーチャードホールでLIVEさせてもらったりテレビに出たり。この世界で歌うことの不安やミュージシャンとの確執などを抱えてどうして良いかわからないときに私のステージを見た彼から手紙をもらいました。「覚えてますか?」とステージで聞くと可愛く首を傾げて「さぁー?」。客席が笑った。「あなたは唯一デューク・エリントンとタイマン晴れるジャズシンガーだから」と書いてあったんですよ、と言うと山下さんが大きく首を縦に振った。そして彼から思わぬコメントが飛び出した。

「えーと私は歌伴をしないんですが唯一綾戸さんはさせていただきました。山下は歌伴だってできるんだぞということをあなたが唯一証明してくれたわけです」

Photo by Yuka Yamaji

私は目の玉が落ちそうになった。知らなかった。でも実はもう1人いるんです「タモリ」。会場がわく。嬉しかったを超えた。「じゃー今度タモリさんもご一緒にダブルボーカル!」また拍手が来た。想定外だらけ。そして天野さんギターも参加のエンディング。実は当初、アンコールではOver The Rainbowを天野さんと、My Wayを山下さんとやるつもりだった。ところが私は「天野さん、枯葉B♭、サビからポロロポロロで」と小声で。ステージに乗ってからまたもやアウトオブリハーサル。天野さんは笑って始まった。「☆×*^#×♪☆×」フランス語風・イタリア語風・中国・ドイツ・ロシアとハナモゲラ語でスキャット!会場は爆笑の渦。そして最後にもう一度山下さんが現れる。先程も話したように当初は“My Way”のつもりでRHもやったんです。でも本番直前の楽屋で「綾戸さーん、僕テネシーワルツ伴奏したいよ」と言われました。綾戸のテネシーが聞きたいと。嬉しかった。それで山下さんに急遽譜面をお渡ししたんです。それで、いざ!と思ったらいきなりステージ上で「歌詞を見ながら弾きたい」と。楽屋で“こんな歌詞だよね”という話もしたからでしょうか。慌てて私の歌詞を渡しました。曲が終わり、大拍手の中「俺弾いちゃたよ、綾戸さんとテネシーワルツ!」子供みたいな山下さん、もう最初からやる気満々だったんだ。気がつくとお客さんが立っている。スタンディングオベーションだ。涙の向こう側は笑顔なんだ。終演後の楽屋ではエネルギーを使い果たした77歳のおっちゃんが嬉しそうだった。

Photo by Yuka Yamaji

私は何を書きたかったか?

15年ぶりの山下さんは以前のようには指が回らなくなっていた。怒られる?こんなこと書いたら。でも書きます。真理をつたえたいから。体力は若い頃のようにはいかない。が、何かが違う。こんなに心が震えるなんて何か違う。「私もあそこまで行くぞ!」とさせたあのピアノ、あのフレーズ。自由な山下さんはまったく褪せてない。切っても切っても山下洋輔、まるで金太郎飴。山下さんの輝きに比べたら全然まだまだ、そんな私を見た。そしてなぜ私が山下さんにゲストをお願いしたかが見えてきた。山下さんの後を一生懸命追っかけてるんや。誰でも歳は次の数字に進んでいくけど、山下さんは歳を取るごとにどんどん山下洋輔になって行くんや。その姿がなんとも尊敬や、憧れや。この日ブルーノートに来てくれたお客さんはそれを見に、聞きに、感じに来られたんだと思う。これこそジャズや。オンリーワンのステージやったと思う。ありがとうお客さん、ありがとうブルーノート、ありがとう山下洋輔!

後記:

2004年の山下洋輔さんとのLIVEはとても大胆で斬新なものでした。僕も当時収録に入ったのですがとにかく大胆な綾戸智恵(当時は綾戸智絵)とそれを受け止める山下さんの度量の大きさが印象に残っています。Blue Note Tokyoでの2daysが決まったときに綾戸さんから出てきたのが山下さんと演りたいという一言でした。ライブはblogに書かれているようにそこにいたすべての人の熱い熱いリスペクトと今現在の山下洋輔の真髄が集約したワンアンドオンリーなもので、そこにいられたことをとても幸運に思いました。

今日、綾戸さんからこのblogと一緒に山下さんから頂いた手紙(メール)を転送してもらいました。日付は1999年3月4日。大ブレイクするアルバム「LIFE」のレコーディングに入る3日前。そんなタイミングで突然届いたメールはとても示唆に富んでいます。まず、その語り口が素晴らしい。無駄な言葉や難しい言い回しは一切ない。優しく軽妙な語り口でありながらその洞察はあくまでクール。ビシッと真髄をついてきます。その手紙の中で山下さんは綾戸智恵についてこう書いています。

「音楽的には文句ない。ああいう人は最初からできているんでしょうね。天才ですね。」

そしてバンドに関して「素直にやっていれば素敵に見えるよう綾戸さんが演出してくれます」と看破している。この言葉が、当時、急速に衆目を集めメディアに取り上げられるようになっていく過程で起きた様々な変化や軋轢から綾戸さんを開放したただろうことは想像に難くない。その証拠に綾戸はこのメールをプリントアウトして大事に保管していました。10枚コピーして擦り切れたら補充するというなんとも綾戸らしい保管の仕方ですが(笑)。

今回のステージを見てこの手紙を読んだら全文公開したい欲求が止まらないのですが、ご本人の許可も頂いていないし、綾戸も“まだや、まだや”というのでこれ以上は言えません。ただ最後に一つだけ。「まだいくらでも大きいものを表現できる人ですね。その大きいものはすでに彼女の中にあります。」と山下さんはおっしゃっています。綾戸智恵はそれをもう表現したのだろうか?いや、まだだ。まだ山下さんを追いかけ続けている。山下さんだけでなく偉大な先人たちへの尽きることのない憧れとリスペクト。気がついたときには自分も山下さんのように?いやいや。いつまでたっても年の差は縮まらない。それと同じでキャリアの距離が縮むことはないのだ。そうではなく綾戸が書いているようにただただ、自分自身になっていくことが表現者の真髄なんだろう。そこに行き着くまで主婦業をしながら歌い続けるのかもしれないな。

綾戸智恵プロデューサー 大矢朋広

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