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ベンジャミン・バトン 数奇な人生

by 綾戸智恵

まいど!今回はいよいよ映画の話!第一回目は、そうやねーやっぱり「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」かな。実はこの映画、賞取ると思ってたんです。そしたらなんと、インドの”ミリオネア(スラムドッグ$ミリオネア)”ったらゆう映画がとったんかな。えー、でも残念なことはないよ。たしかにあの映画もええ映画や。けどこれには特別な感覚がありました。

映画配給会社がうたってるのは老人で生まれて赤ちゃんで死ぬというまあ、時間が逆流する、そういうことを言いたかったんかなとも思うんやけど、私はあるひとつのシーンにグッとやられました。人生が終わったとき、名前でなく、本業でなく、ピアノがうまかった人、お母さんだった人、絵がうまかった人、そして川の近くに住んだ人というふうにおもしろーいその人へのイメージと言うかその人がつけたんではなく周りの人間が”こんな人やったなぁ”とつけたそれがその人の人生やったと語るところ、そこにもの凄い感動しました。なんでか言うたら歌を聞いてくれたお客さんやったらジャズを歌う人、おむつしてくれた人やったらおむつのコマーシャルに出てた人、息子からはお母ちゃんやった人、母からはむすめやった人、そんな風に自分でない他者がわたしのイメージを語る、そんな肩書がつく、やぁおもしろい。

実はわたしは昔から名刺を作ったことがありません。わたしがピアノの先生をしてる時、生徒は名刺を持って来ます。たいていの人はジャズピアニストやジャズシンガーと書いていました。”せんせい、持ってないんですか?私こんなこと書いて格好悪い!”とゆうた娘がおりましたが、自分の夢を名刺にするのもひとつええ励みになると思います。ただわたしは自分がナニモンか未だにわからん。やっと最近ジャズシンガーかな、とちょっと書けるようになりましたけど。でもまだやっぱりこっぱずかしいです。そんなわたしがこの映画で母だった人、この人に惹かれたなあ。映画の中でその人は実の母でなく育ての母でした。母として子供を育てた人。私はどうもこの人に憧れてしまったのかもしれない。自分にはないと思ってたり、知らなかったりするトラウマ。この映画で少し見せられたように感じました(わたしのトラウマってなに?そんなもんここで言えるかい)。

映画配給会社がここを見てくださいという所もまあいいけど、わたしは勝手に自分で映画との接点を作る癖がありまして。わたしやったら、もしわたしがベンジャミン・バトンに出たとしたらみなさんはどう言うてくれるのかな?うるさいおばはんでも結構です。でも誰かにどんな人やったと言われることが一番生きた意味と教えてくれた映画でした。思う存分やんちゃして、思う存分自分の人生を謳歌したベンジャミン、CGシーンよりも彼のそんな人生を見て欲しいなあ。そうそう、最後にずっとベッドの上で母親が娘に日記を読ませる。このシーンはわたしの今と少しかぶってくる。今は聞いている方だけど、それだけちゃいまっせ。続きはベッドで語る方の役もする。まだまだでんなあお迎えは。

追伸:あ!それからちょっと言い忘れました。監督デビット・フィンチャー、まぁタイプです。

*綾戸智恵 映画がえいがな!。映画のはなしは毎週金曜日の午後、その他のはなしは不定期に更新します。ご意見・ご感想はFacebookやTwitterへお願いします。


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